PLAY BACK! FUJIROCK FESTIVAL’97

夏風邪をこじらせて夏バテ以前にダウン気味な××(ばつばつ)です(´・ω・`)
 
天敵は冷房ですね。この時期例外なく冷房にやられてしまうひ弱体質です、はい。
普段からお薬(サプリメント)の力を借りてビタミンを摂取してましたが通じず、

 

喉もガラガラで一人カラオケも出来ない状況です(したことないんですけど)

話は変わり、7月22日はあの「PokemonGO」のアプリが日本で配信され、FUJIROCK FESTIVAL’16」が開催された日でもあります。すごいですね「PokemonGO」(´・ω・`)

 

そこら中でプレイ中の人を当日だけでもかなりの人数確認できました。本当にみんなそんなにポケンモン集めたいのでしょうかね?フジロックの最中も探してるというニュースを見ましたが・・・。
フジロックも早いものでもう20年目です。
ここ最近は「体力」と「財力」が気になって参加していないですが、ふと第一回目の事を思い出して記事にしたためた次第です。

 

当時のフェスと言えば伝説の「ウッドストック」「グラストンベリーフェス」ぐらいで、日本でなんか出来ないんじゃないかと思われていた時に開催されたのが「FUJIROCK FESTIVAL’97」ですよ。
今でもその時の歓喜は忘れません。チケットは即購入。確か通しで3万円弱ぐらいだったと思います。  

 

レンタカーを借りて「岡山→山梨(富士天神山スキー場)」までぶっ飛ばして(規定速度で)行きましたよ。何故か筆者を入れて男3名とJK2名の5名での車中泊。当時筆者は成人してましたが(年がばれますね)JKと行っている方が興味深い殿方もいるでしょう(´_ゝ`)フフフ
道中は出演者のCDや発売されたばかりの超新星としてデビューしたばかりのLIMPBIZKIT」を聞きながら徐々にテンションを上げていったのですが、終始気になってたのは「天候」でした。

あ、あとTVのアメトーーークで「夏フェス芸人」もやったようで(録画してるけどまだ観てない)「夏と言えばフェス」ていうのがもう当たり前になってきたのが嬉しいですね。  

知っての通り(知らないか?)最初のフジロックの当日は台風が直撃してて、凄まじく悪天候な状況で開催されました。それが「伝説」と呼ばれる由縁の一つでしょう。
筆者はというと「夏」「フェス」ということで上はTシャツ1枚、下は短パンでスニーカーという超軽装で挑んで後で泣きました、はい。
しかもバスが混んでて8合目まで2時間程徒歩で登山。死にましたね。豪雨に打たれ、びしょびしょになりながらただ黙々と歩を進めていると「何故、僕はこんな状況で歩いているのだろうか・・・?」と目的を見失いそうになりました。歩いていた人たち皆同じ心境だったでしょう。

 

その状況を打破したのが会場に近づいていた時に遠くの方から聞こえてきた爆音と歓声でした。

オープニングアクトとして、その年にデビューした「SUMMAERCAMP」「THIRD EYE BLIND](すぐに見なくなりましたが・・・)「ズボンズ」がすでに演奏を始めており、その音を聞くことで、

 

「あ、僕ちんってば、フェスに来てんだ・・・」

 

という自覚が芽生えたのですが、それからまだまだゆうに30分以上はトボトボ歩きました・・・。 

メインステージの会場に着いた時には当時結成間もない「↑THE HIGH-LOWS↓」が「ミサイルマン」演ってて、見入ってしまったが為にセカンドステージの「THE MAD CAPSUEL MARKET’S」を見逃したのは仕方ない事です。 

それでも同じ地元(岡山)で親近感のある甲本ヒロトのパンクっぷりはすがすがしくて、演奏終了後にはパンツを脱いでチンコ出して会場を沸かせてました。、はい。


いやぁ、それにしても今見てもすごい面子です。

フェス特有のステージが分かれているのもあって全部見れないんですよね~でも、初フェスだったので頑張ってステージをまたにかけましたよ。暴風の中。  

続いて目的のバンドの一つでもある「FOO FIGHTERS」の演奏も最高で、生のデイブグロール(元ニルヴァーナのドラム)にテンションは最高潮。  

同時刻では当時の日本ロック界の異端児「ボアダムス」ヤマタカEYEが圧巻のパフォーマンスを繰り広げてました。ちょっとしか見れませんでしたが・・・。  

※これはフジロック99の映像です。ヨシミのドラムは最高ですね(´_ゝ`) 

途中、あまりにも雨に打たれ過ぎて低体温症の危険にさらされたのでTシャツを購入して重ね着して(記念ではなく寒さしのぎ)温かいちまきを頬張りました。

 

落ち着いてあたりを見渡すと悲惨な状況でしたね。仮設トイレも少なく、皆寒さで震えながら友人知人恋人とくっ付いて少しでも寒さを凌ごうとする者、とにかく暴れて(動いて)体温を上げている者とすでにこと切れている者と・・・・。

これが・・・・・フェスか・・・・・(ミギー風)  

当然、雨に打たれているのは観客だけじゃなくて演奏者たちも一緒で、いつもふざけている「電気グルーヴ」石野卓球氏が演奏中「みなさーん!がんばってくださーい!」と叫んでくれた時は「おまえも頑張れよ(ジミー大西)」と心の中で叫び返しましたよ。そして「電気グルーヴ」と言えば名曲「富士山」です。富士山でピエール瀧の富士山着ぐるみが見れたので大満足。  

ノイジーなテクノビーツで当時人気だった「ATARI TEENAGE RIOT」を見ながら小休憩し、本丸の「RAGE AGAINST THE MACHINE」で暴れ狂いました(イエモンも横目でちらりと聞いてました)ザックのボーカルも良いですが、やはりトム・モレロの変則ギターを生で見れた喜びは無いですね。当時は2nd「EVIL EMPIRE」が出て、1stと合わせてどれだけ聞いたか知れません。  

そしてDJブースから出てこず、クマのぬいぐるみがうろうろしているというシュールな演出で変態ドラムンベースの「APHEX TWIN」ことリチャード・D・ジェームスのパフォーマンスを見て、おおとりは大御所「レッチリ」の登場だい!(イカ天の時の相原勇)  

ボーカルのアンソニーが右腕骨折でサポータ付けての登場は逆に「なんか、すげー!」てなったのを今でも覚えてます。当時のギターはジョン・フルシャンテ(他にも沢山居ましたが)ではなくデイブ・ナヴァロで、フリーは相変わらずアホっぽくてかっこ良かった。雨に打たれながらフリーのチョッパーがさく裂し、アンソニーが片腕で叫びまくってる様はさすがの「レッチリ」でした。  

名曲「ストーンコールドブッシュ」や「ギブイットアウェイ」も聞けたし本当お腹いっぱいで、体力は限界まで消耗し、疲れてるけど脳は覚醒している「ナチュラルハイ」な状態で「明日もこんなにすごい物が見れるんだ・・・」と泥のように眠って次の日に備え、早起きして会場へ向かう途中のコンビニに行って設営スタッフの拡声器から聞こえる声を聞いて愕然・・・  

「台風により会場(ステージ)が倒壊したため、2日目は中止でーす!繰り返します・・・」  

・・・その場には多分「SUGIZO」目当てであろう、ビジュアル系のいでたちをした女子達がブーブー言ってましたね。あ~「WEEZER」「BECK」「MASSIVE ATTACK」「SQUAREPUSHER」見たかったなぁ~(’98で見れましたけどね)と思いながら仕方なしと思い、筆者の初フェスは幕を閉じ、富士山で行われる最初で最後のフジロックは終焉を迎えたのです・・・(´_ゝ`)

 

え、JK2名とはどうなったかって?ウフフ・・・それは・・・・

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